高松赤十字病院 院長ブログ

うまげな患者塾

「医療の安全と安心」

 先月(9月)、新型コロナウイルス感染症患者さんの看護に当たっていた当院職員3名の陽性が判明しました。当院への通院・入院の患者様、ご家族、近隣の医療機関に多大なるご心配をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます。既報のごとく上記の場所は厳重に隔離管理された病棟であったため、他の患者さんへの影響はなく、当院への外来や入院患者さんには通常通り、診療を行わせていただきました。当該職員3名は、無事退院し、濃厚接触者や関係者についても待機解除となっております。
 現在、香川県における新型コロナウイルスの流行については、小康状態となっていますが、到来が予想される秋・冬の感染流行期に向けて、これまでの感染防止対策に加え、職員個々の感染対策の一層の強化を図るとともに、感染管理の組織的改善策を策定し、患者さんの感染予防はもとより、従事する職員が安全、安心な医療が遂行できるよう努めているところです。

 さて、今回は医療の安全、安心について、少しお話させていただきます。院内感染対策も医療安全の大きな柱の一つであり、現在は病院の危機管理として、医療安全・院内感染対策が病院管理上極めて重要となっています。私はこのコラムの第1回目に紹介させていただいたように、心臓外科の臨床とともに病院の医療安全の課題に関わってきました。心臓手術は常に危険との隣り合わせであり、安全とは程遠い医療環境と言えます。一方で危険であるがために、種々の安全予防策を張り巡らす必要があり、その経験を生かして医療安全という課題に取り組んできました。医療は様々なところで危険と隣り合わせです。(誤)診断、薬の副作用、侵襲的検査や治療など、様々な場面で危険があります。病院組織内でこの医療安全という言葉が概念としてシステム的に構築されたのは、まだ比較的新しいものです。20年頃前に起こった手術における患者の取り違え事故、消毒薬の誤注射事故などが発端となり、国としても医療における安全対策が重要視されるようになりました。むろん、医療者は以前から個々に安全対策を取ってきましたが、組織全体としての対応は不十分でした。病院に医療安全推進室が設置され、組織的な対策、改善に取り組むようになり医療事故は確実に減っています。

 医療安全推進室は、副院長クラスの医師や専従の看護師、担当事務などで構成されており、主に以下の任務を行なっています。1)医療安全に関わる事例分析、調査を行い、防止対策を立てること 2)医療安全に関わる教育を行い、広く医療安全文化を普及させること 3)医療事故発生時に迅速に対応し、調査を行うこと。 日常的には1)2)を行って安全防止対策を行い、3)のように事故が発生した場合はその被害をできるだけ最小にするべく迅速に対応しています。患者の被害を食い止めることは言うまでもなく、医療者の被害を防ぐことも重要な役割と考えています。このような取り組みにより、医療は以前より格段に安全になりました。私が医師になった40年前と単純な比較はできませんが、感覚的には事故は1/10以下くらいに減っていると思います。院内感染対策チームも同様に防止策、教育、マニュアル作成など、多岐に亘って活動しています。

 医療を取り巻く環境は以前より安全になったとは言え、まだまだ危険が潜んでいます。患者さんの取り違え事故など、常識では考えられないでしょうが、実際には起こっているのです。また手術では身体にメスを入れるので、多かれ少なかれ、痛みや多少の傷を伴います。手術はリスクは伴うもののメリットも大きいので、バランスを考えて手術をお勧めしているのです。ただこの危険性を全くゼロにすることは不可能です。病院の医療安全推進室の役割はこの危険性をゼロに近づけるよう努力するとともに、もし発生した場合のバックアップシステムを幾重にも構築することであります。

 さて、今回のうまげな患者塾のタイトルは「医療の安全と安心」です。「安全」というキーワードはこれまでに頻回にでてきたものの「安心」という言葉はまだ一度もでてきていません。「安全で安心な医療」と、よく使われていますが、では安心な医療とは何でしょうか。
 安全と安心は似たような言葉ですが、はっきりと違いがあります。4年ほど前、東京の豊洲市場の土壌汚染問題で、小池知事の言った言葉が私にとって衝撃的でした。「安全であるが、安心ではない」との答えです。豊洲市場は客観的にはデータに裏付けされて安全なのでしょうが、一方で都民の主観的な感情では安心ではないとの見解でした。豊洲は科学的にも法的にも安全は確保されたのですが、以前汚染された土壌であったことから、消費者の安心を得られるところまでは至っていないということを小池知事は述べられたようです。本当に安心であるためには科学的データに加えて、何らかの安心を担保する他の要素が必要ということだと思います。 

 安全にはコストがかかります。どこまで安全にコストをかけるべきかという問いに答えるのは大変で、医療現場でも常に頭を悩まされています。豊洲でもまた、原発でも100%安全というものはありません。現在の病院は前述のように以前に比べればはるかに安全であるということは確実ですが、リスクがゼロではありません。一方で安心という主観的な感情をどういうふうに評価し、安心感を共有できるか、これもまた難問です。病院の場合、患者さんの信頼を得る、任せていただける、ということが大きな安心への要素と思います。患者さんとのコミュニケーションは極めて大切で、疾患や治療法をわかりやすく説明し、疑問について、丁寧に答える、そういう日常普通の会話の中で信頼感が育成され、安心につながっていくものと思います。病院が信頼を得られている一つの目安として、病院職員やその家族が病気になり、診療や手術が必要となった時、自院の診療科に診てもらうかどうか、ということがあります。幸い、当院の職員は私の知る限りでは当院の診療科を信用し、当院を受診しているようです(私の知らないことも多々あるかもしれませんが)。患者さんが安心して医療を受けられるよう、病院としてもあらゆる努力を惜しまず環境を整えているところです。

 病気になった時に行く病院が「安全」でかつ「安心」であることはある意味当たり前ですが、マスコミ報道やSNS等のネガティブな発信で病院への受診をためらうことになると、本来の病気の悪化の恐れがでてきます。繰り返しになりますが、病院の安全対策は以前と比べて格段に良くなっています。薬や手術の成績も向上し、様々な身体に優しい医療も開発されています。医療は100%安全ではありません。しかし私ども医療機関では安全で安心な病院作りに努めていることをご理解いただいた上で、気軽に病院にお越しください。令和2年11月22日から28日までは厚労省が推進する医療安全推進週間です。当院でも医療安全の啓発活動やセミナーの開催など、色々な企画があり、その一つに医療安全川柳の募集を行なっています。毎年100題以上の応募があり、賞も設けております。ぜひ、我と思わん方はご応募を検討してください。


医療安全週間のポスター

医療安全川柳募集の案内