高松赤十字病院 院長ブログ

うまげな患者塾

ワクチンと今更ながらマスクの効用

 コロナ陽性患者急増に伴って今年1月から発出された緊急事態宣言は首都圏を除いて解除されました。ただ感染者数は減少傾向であるもののそのスピードは鈍化しており、宣言解除後のリバウンドは懸念されるところです。一方で長期間に亘る自粛の影響で、経済活動低下による困窮、心のケア問題などもクローズアップされています。感染制御と経済活動の両立は難しい問題ですが、国は「うまげな」方法を是非提示していただきたいところです。
 さて、ワクチン接種が現実的となってきました。私は昨年8月のこのコラム(うまげな患者塾「コロナ第2波が早くも押し寄せてきた」)にて、ワクチンについて次のように考えていました。以下再掲

    ワクチンについては、私は個人的には少なくとも2年以上経たないと、効果が期待できるものは確立できないのではないかと思っています。ウイルスそのものが変異しやすいこと、安全性を確認しなければならないことなど、ハードルはかなり高いのではないでしょうか。ただ、遺伝子組み換え技術を使ったワクチンは最新の技術でありこれについては、ひょっとしたら実用化が早いかもしれません。

 免疫やワクチンの専門家でもない一医師としての予測でした。これまでのワクチンは不活化ワクチンや生ワクチンが主体で、これは病原性を弱めたウイルスを身体に投与し、抗体産生を含めた免疫力をアップさせるという方法でした。この方法では弱毒化ウイルスの培養、精製に多くの鶏卵が必要となります。余談ですが、おそらく鶏卵が多量に入手できるという理由で、香川県観音寺市に古くから阪大微生物研究所があり、現在もワクチンや微生物の製造や研究で活躍しています。私の医師としての経験上、インフルエンザワクチン(不活化ワクチンの一種)が念頭にあり、その効果はせいぜい50-60%程度であること、また変異によって効果が減弱すること、効果の持続期間が不明なこと、副反応が予測できないこと、などからワクチンが世の中に出るまでは最低2年はかかるだろうと予想していたのでした。一方でDNA/RNAなどの遺伝子操作技術を使うことにより、現在多くの新薬が創り出されていることもあり、ワクチンもこの最新技術で実用化が早まるかもしれないとの期待も持っていました。報道によるとファイザーは新型コロナウイルスの遺伝子情報を基に、およそ1ヶ月程度でmRNAウイルスの原型を完成させていたとのことで、このスピードには驚かされると共に、科学の進歩に目を見張らされます(一応私も科学者の端くれですが)。

 ワクチンの発症予防効果は95%にも達するということで、これは驚異的な数字です。免疫反応は、一般的に液性免疫(抗体を産生してウイルスを撃退)と細胞性免疫(Tリンパ球が直接ウイルスの細胞を破壊)の2つがあります。mRNAワクチンは液性免疫のみでなく、細胞性免疫に効果があるということなので、そうであれば変異株にも一定の効果が期待できます。一方心配された副反応のほうも20−40万人に一人程度で、それも適切な対応で対処可能であり、かなり安全かと思います。ワクチンの効果として発症予防以外に注目されるのはワクチンの感染予防効果です。ワクチン接種後、発症の有無に関わらず、他人に感染させる力があるかどうかが感染拡大防止に欠かせません。ただ、こちらの方は感染したかどうかを判定することが困難で(無症状の人も多いため)、現時点で証明できるものはありません。ただ、ワクチン接種した人のウイルス量は抑えられていることはわかっており、その事実から類推すると少なくとも半分以下程度くらいの感染予防効果はあると考えられます。しかし、感染予防効果については不明であることと、効果があっても感染性は排除できないことから、ワクチンを接種したとしても他人にうつさないためには標準的な予防策は必要です。したがって、マスクはしばらく必須ということになります。

 現在、ユニバーサルマスクという概念が普及してきています。その場所にいる人すべてがマスクを着用することによって、感染防止を図るもので当院内でも推奨しています。実はマスクの効果について、正確に科学的に検証され始めたのはコロナが流行し始めた昨年4月以降です。それまでの我々の知識はマスク着用の意義は「症状がある人が感染を拡げないため」が主なものでした。そして5月ころから言われ出したのは「無症状の人でもコロナに感染している可能性があるので他の人に感染させないため」という理由が追加されました。そしてその後、7月にはアメリカのJAMAという一流の雑誌にすべての人がサージカルマスクをすることにより感染率が低下するという効果を発表しました。さらに、日本でもスパコン富岳や、東京大学などで科学的に感染予防効果が証明されました。単純で当たり前と思われたことが、案外科学的には証明されていない、ということはままあります。マスクの種類(不織布、布、ウレタン)により抑止力には差異があります。病院で主に使用されるサージカルマスクは不織布の一種でウイルス排出抑制効果は80%であり、吸い込み抑制効果も70%と推定されています。ユニバーサルマスクの効果は、先に述べたワクチンの感染予防効果(まだ不明)を考慮すると、その効果は侮れないことがわかります。なお、布やウレタンでも一定の効果があるので状況によって使い分ければいいかと思います。

 さて、ワクチンは数種類がすでに臨床使用されており、世界でこれまで3億回分以上接種されていますが(3月9日時点)、重篤な副反応は報告されていません。我が国でも医療従事者を中心にワクチン接種が始まっていますが、まだ7万人程度です。供給が不安定であり、接種時期についてはまだ先行き不透明といったところです。早期の安定供給が待ち望まれます。ワクチンを打って、まずはウイルスに感染しても発症しないよう予防しましょう。またそもそもウイルスに感染しないようマスクを着用し、仮にウイルスが体内に入っても常にマスクを着用して他人にうつさないよう注意する、ということで感染が収束に向かうことを期待しています。



 先週末、栗林公園に行ってきました。梅が満開で紫雲山を背景に美しく咲き誇っていました。梅の次は桜です。コロナ禍になって2回目の春です。ワクチンとマスクでこの災難を乗り切っていきたいものです。

                                         院長 西村 和修