高松赤十字病院 院長ブログ

うまげな患者塾

「コロナの今後」

久々のうまげな患者塾への寄稿です。8ヶ月ぶりとなりました。この間、コロナ第4波、第5波、ワクチン接種、オリンピック、首相交代、総選挙など様々な出来事がありました。コロナ対応で忙殺されていた時期もあるのですが、正直申し上げてこのうまげな患者塾も書こうと思うとその都度状況が変化し、また情報がすぐアップデートされてメッセージが陳腐化するなどがあり、刊行が延び延びとなってしまいました。心機一転、最近の知見、データなどを踏まえ、再出発です。

さて、話題のテーマはやはりコロナです。緊急事態宣言、まん延防止等重点措置が解除されて、1ヶ月以上が経過しました。全国のコロナ患者はピーク時の1/100近くまで激減し、首都圏、関西とも今年に入ってから最低の数字となっています。なぜこのように減少したかについては、専門家の方々が様々な要因を挙げられていますが、決め手は乏しく、行動変容、ワクチン、季節などの複合要因であろうとの推測となっています(図1参照)。


図1 日本のCOVID-19感染者数推移(提供元 JHU CSSE COVOD-19Dataより)


感染のピークアウトの原因について、仮説として私は疫学的見地からウイルス自体の変容で基本再生産数が低下して減少したのではないかと、地元の医師会雑誌に発表しました。今年7月末ころの第5波が流行する直前のころ、デルタ波の感染が先行していたイギリスやインド、インドネシアなどいくつかの国の感染状況を調べてみました(図2、3参照)。


図2 イギリスのCOVID-19感染者数推移(提供元 JHU CSSE COVOD-19Dataより) 
イギリスは7月19日より感染対策の制限解除をしている


図3インドネシアのCOVID-19感染者数推移(提供元 JHU CSSE COVOD-19Dataより)

7月末はオリンピック開催中でじわじわと感染者数が増えてきたころです。各国はワクチン接種状況や感染対策、気候など異なっているにもかかわらず、COVID-19は感染ブレークから4−5週間でピークに達し、その後は減少していました。日本では4−5月のアルファ株の流行時も同様に4−5週間でピークとなっていました。そこでピークの値は異なるものの、ピークまでの期間は一定ではないかと考えたわけです。ウイルスの感染力を表す基本再生産数(1人の陽性者が何人に感染させるかの数)はデルタ株では5.0-8.0と推定されていましたが、この基本再生産数が何らかの要因で4−5週間程度で低下しているのではないかというのが仮説の根幹です。コロナウイルスはRNAウイルスの一種であり、遺伝情報は頻回に変化していると言われています。年あたり23回くらい変化するという文献もあります。また、ウイルスの変容については、ウイルス学者が50年前に提唱している「エラーカタストロフの限界(ミスによる破局)」理論というものがあります。過剰な変異はウイルスゲノムの安定性を自壊させ、ウイルスの急速な収束が生じるとされています。さらに、つい最近、日本人類遺伝学会にてデルタ株でゲノムの変異が生じて修復酵素が変化し、働きが落ちた可能性のあることが報告されています。ウイルスの基本再生産数(感染力)が変化することを示すものです。ワクチンの効果も当然大きいのですが、それ以上にウイルス自体の変化のほうが影響が大きかったのではないかと推測している次第です。

さて、現在の世界の感染状況、ワクチン接種状況は以下の通りです。


札幌医大ゲノム医科学部門調べより

世界的に感染はまた増大傾向で週100万人あたり403人となっており、特にヨーロッパにおいて拡大が顕著です。ワクチン接種率は先進国では60~70%に達していますが、世界平均ではまだ40%以下です。またワクチン接種が進んでいるイギリス(図2参照)やドイツにおいてもかなりの感染者が発生していますが、一方でインドネシア(図3参照)では接種率30%未満にもかかわらず日本と同レベルの感染者数に収まっています。ワクチンのみで感染が制御されたとは言えない事は明らかでしょう。ただし、イギリス、ドイツにおける死亡数は以前と比べ減少しており、我が国と同様にワクチンにより重症化が抑えられています。イギリスでは感染対策を大幅に緩和して、ウイズコロナの政策を実行しており、そのために感染者数自体は抑えられていません。

当面、懸念されるのは第6波がいつ来るのか、どういう形になるか、ということになります。冬季は低温と乾燥によりウイルスが増殖しやすくなること、環境的に換気が悪くなること、ヒトの粘膜が乾燥により損傷されやすい、などの理由により呼吸器系ウイルス感染は必然的に増加します。今後の感染状況を把握するにあたってはⅰ)感染対策緩和の影響、ⅱ)ワクチン効果の持続性、ⅲ)インフルエンザ流行およびウイルス干渉、ⅳ)変異株の動向などを考慮する必要があります。

まずⅰ)について、感染対策はワクチン接種率が上昇するにしたがい、諸外国でも緩和の方向に向かっており、我が国でも徐々に緩和されるでしょう。人との接触、飲食の機会が増えることにより、ある程度の感染の増加は不可避ですが、マスク、手洗いの励行、3密回避、換気などの感染対策は我が国ではほぼ習慣化されつつあり、対策緩和の影響は以前より小さいのではないかと考えます。次にⅱ)のワクチン効果の持続性については6−8ヶ月で抗体が減少し、感染抑止力は低下することがわかってきています。ただ、重症化予防はもう少し長く持続する可能性があります。3回目の接種は必要な人に行うという方針でいいのではないかと思います。ⅲ)のインフルエンザについては今年も南半球での流行は見られていません。しかし、インドやバングラデシュのアジア地域ではインフルエンザ流行が認められています。輸入感染症であることを考慮すると、今冬も入国制限があるものの、インフルエンザの流行の可能性はあります。ちなみにオーストラリアではインフルエンザは流行していませんが、逆にコロナはかなり発生しています。ウイルス干渉なのかもしれません。ⅳ)の変異株については注意が必要です。変異株としては現在4つのVOC(Variants of Concern) , 2つのVOI(Variants of Interest)  その他に10以上のVUM(Variants under monitoring)がWHOにて指定されています。VOCの代表がアルファ株、デルタ株でした。VOIは国や地域によって指定が変わるようで、WHOではラムダ株、ミュー株、日本ではカッパ株となっていましたが、つい最近VUMへと変更になっています。VUMからVOIを経てVOCに格上げされるまで、一般に数ヶ月を要しています。例えばアルファ株は2020年9月にイギリスで認知されて、12月にVOCに指定、デルタ株は2020年10月にインドで確認されて、2021年4月にVOI、5月にVOCとなっています。VOCが指定された時期はすでに感染拡大が生じている時期であることに注目すべきで、VOIの時期の国内外でのモニタリングは極めて重要でしょう。逆に言えばVOIがVOCにならなければその株における感染拡大の可能性は低いと言えます。ちなみに現時点では世界各国から報告されている変異株はほとんどデルタ株およびその亜型です。現在、ニューデルタプラスなどの変異株亜型が注目されており、現在はVUM扱いですが、油断はできません。

以上の観点を総合的に判断し、私見として次のような3つのシナリオを考えました。

1)現在、我が国のゲノムサーベイランスではデルタ株がほとんどである。感染が燻りつつ、冬季にウイルス活動が活性化し、宿主側の粘膜防止低下などにより、冬季にこのデルタ株感染が再拡大する。ワクチン効果・持続性の観点から、高齢者の接種の多かった5月~7月から8ヶ月経過した来年2月ころから感染が拡大しはじめる。4~5週間で収束してピーク値は第5波の20~30%程度と予測する。
2)新たな変異株が輸入感染症として流入し、いずれかの時点で感染が拡大する。時期は不明で現時点のVOI(懸念される変異株)情報からは早くても3−4ヶ月以上先と予測する。第4波や第5波と同様にピークまで4~5週間、ピーク値はその変異株のウイルス感染力(基本再生産数)により決まる。ワクチン持続効果にもよるが、上記1)のシナリオより感染者数は多いと予測する。
3)インフルエンザが流行し、ウイルス干渉によりコロナ患者は増えない(現状程度)。インフルエンザは前シーズンが少数であったため集団免疫が形成されておらず、インフルエンザの感染者および重症者ともに増加する。

あくまで私見ですので、参考程度の認識でお願いします。また感染の標準予防策(マスク、手洗い、3密回避、換気など)を取っていることが前提です。経口薬も含めた治療薬もいくつか登場してきて、コロナ対応もずいぶんと進化してきました。第4波、第5波で我々が経験したことは、新型コロナウイルスは若年者であっても重症化する場合があることで、この点がインフルエンザとの大きな違いです。重症化する患者が減少することが確認できれば、その時が収束、あるいはコロナがインフルエンザ並みと言える時期となるでしょう。期待と不安を抱えながら今冬を迎えることになります。医療機関としては、どのような事態にでも対応できるよう、しっかり準備を整えてまいります。

久々の寄稿で色々とお伝えしたいこともあり、長くなってしまいました。最後までお読みいただきありがとうございます。皆様方におかれましては、今一度、油断することなく感染対策を続けていただくようお願い申し上げます。

                                                                                                                                                     西村 和修