さぬきの健康と元気をサポートする高松日赤だより

なんがでっきょんな

働く人のこと

カンボジアの子どもたちのために

赤十字の「寄り添う看護」に国境はない。
カンボジアで伝えたい、命の重さ。
高松赤十字病院 元看護師長 楠川 富子さん

ひとりの女性の熱意が、カンボジ アに医療支援の輪を広げていま す。高松赤十字病院の元看護師長であり、カンボジアに移住して支援活動を続ける楠川さん。そんな 「第二の人生」を歩み始めた彼女の胸中にある想いに迫りました。


カンボジアに興味を持ったきっかけは?

高松赤十字病院の看護師として約 40 年勤めて、 60歳で定年を迎えた時、子供達の手も離れていたので、当初は自由な時間を楽しもうと考えていたんです。でも自宅にひとりで過ごしているうちに、「このままではダメだ」と思うようになって…。そんなときにJICAのシニアボランティア募集の広告を目にしました。今まで自分が培った技術を活かして、人の役に立ちたい。そんな想いがJICAに参加したきっかけでしたね。シニアボランティアの任期は2年なのですが、結局カンボジア国立小児病院で通算4年半、勤務することになりました。

カンボジアの医療の印象はどうでした?

日本とは全く違うことに衝撃を受けました。カンボジアではお金がなくて、適切な医療を受けられず、亡くなっていく子供達が大勢います。地域によっては祈祷に頼っていたり、食べるものがなく亡くなってしまうこともあります。親が連れて帰らず、病院の安置所にそのまま置き去りになった子供達の亡骸も目にしました。それが病院内でも当たり前になっていることに、ショックを受けたんです。私は「看護技術」を教えにカンボジアに来たけれど、それだけではダメだ。技術はいずれ身につくもの。それより「命は地球より重いんだ」
ということを、カンボジアの人達に伝えていかないといけない、と強く思いました。

永住という決断に至るには、どんな想いだったのですか。


私の中には、高松赤十字病院で40年間育んできた「人道・博愛」の精神が染み付いています。「寄り添う看護」こそが赤十字の看護師が目指す姿であり、カンボジアの現状を目の当たりしてしまった私の使命はこれだ、と。だからJICAのボランティアから戻ってきて、すぐにでも移住したかったのですが、健康診断でがんが見つかってしまったんです。大腸がんのステージⅢA。3年後の再発率は50%と告げられました。もう本当に悲しくて、手術をしてから1年間抗がん剤治療を受けたのですが、ふさぎ込んでばかりで誰にも会いませんでした。そんな私を見かねた高松日赤の主治医から「あなたにはカンボジアが待っているでしょう」と激励されてハッとしたんです。それから治療も必死に頑張って2015年の夏にカンボジアへ渡りました。そして現地の温暖な気候と人の役に立ちたいという想いが私の心をポジティブにしてくれて、今年で術後3年を迎えましたが再発も見られず、がんを克服することができました。

現地ではどのような活動を?

病気になる子供達を減らして、しっかりと保健衛生教育が受けられるように「UDON HOUSE」という保健室を学校に作っています。カンボジアではまだまだ「予防」という考えが根付いていませんから、トイレ・手洗いの設備を整えて、手洗いの大切さ、歯磨きの重要性などを子供達はもちろん、学校の先生や父兄にも伝えています。今後は保健衛生教育だけでなく、ゴミの捨て方など環境教育も含めて、子供のうちから指導しなければならないことがまだまだあると感じています。

これだけアクティブな活動を支えている原動力は何でしょうか。

私も人間ですから、ときには「何でカンボジアにいるのだろう」と思うこともありますよ。でも自分が道を見失っているのは、自分しか見ていないときなんです。私がここにいるのは、多くの方の支えや応援があってこそ。高松赤十字病院にはチャリティバザーや講演会の開催、職員のカンボジア派遣など、活動に対し厚い支援をいただいています。
バザーには患者さんや市民の皆さま、昔からお世話になっている看護部長、看護師長だけでなく一緒には働いたことがない若手の職員まで、たくさんの方々がご協力してくださっています。他にも、ブログやSNSを通じて知り合い、現地に来てくれる人たちなどさまざまな人の想いを背負っていることが、私のパワーとエネルギーの源になっています。

これからの夢を教えてください

学校だけでなく、十分な教育が受けられないスラム街にも「町の保健室」を作りたいと思っています。健康や食事について支援していきながら、まずは地域の子供達やお母さんたちの話し相手になりたい。そして日赤時代に看護部長から問われた「優しさと平等の意味」の答えを、これからもカンボジアで探し続けていきたいです。カンボジアは道を歩いていたら、「ご飯食べに来たら」と家に招き入れてく
れるような優しい国です。もっと多くの方にカンボジアに興味を持っていただけたら嬉しいですね。

 

 

楠川さんのお孫さんで、高松日赤に勤務する若手看護師の雉鳥さん(右)。 小さい頃から楠川さんの背中を見続けて、「赤十字の看護師になりたい」という想いを募らせていたという。 ゆくゆくは楠川さんのカンボジアの活動も自身が受け継いでいきたいという大きな夢がある。



楠川 富子さん(73歳)
香川県・綾歌郡出身。9人兄妹の8番目。楠川さんが6歳の時に妹さんを赤痢で亡くし、号泣する父親を見て、医療の道を志すことに。 「当時の綾歌郡は田舎で病院にも行けずに、今のカンボジアのよう な状況だったんです。あの頃から今の道に進むことは運命づけられ ていたのかも」と楠川さん。離婚を経験して、女手ひとつで2人の子供を育てる。生粋の讃岐弁を話し、語尾に「けん」をつけるため、あだ名は「マダムけんけん」。カンボジアでの休日は、日本の音楽を聴きながら本を読んだり、ビールを飲みながら大河ドラマを見るのが至福の時間。詳しい活動は、「マダムけんけんのブログ」でも紹介中。

マダムけんけんのブログ
http://blog.livedoor.jp/madamu_kenken/

活動への お問合せ
楠川富子さん事務所
うどんハウス(NGO)
メールアドレス:mailto:tomi80032000@yahoo.co.jp
高松赤十字病院看護部 Tel:087-831-7101㈹


表紙

なんがでっきょんな

vol.67

最新号

「高松日赤だより なんがでっきょんな」は、患者の皆さんに高松赤十字病院のことを知っていただくために、季刊発行する広報誌です。季節に合わせた特集や役立つ情報を掲載いたします。冊子版は、高松赤十字病院の本館1階の③番窓口前に設置していますので、ご自由にお持ち帰りください。左記画像をクリックすると、PDFでご覧になることもできます。

Take Free!

Columnvol.67の表紙のひと

当院音楽部

~つづけよう音楽を つながろう音楽で つたえよう音楽に乗せて~        今回の表紙を飾ったのは、当院音楽部の皆さんです。実は当院には職員間のコミュニケーションを図ることを目的に、様々な部活が活動しています。そんな中、脳神経内科 荒木部長が音楽で職種や世代を超えた交流の場を作りたいといった思いから、新たに音楽部を立ち上げました。医師や看護師、事務など50名を超える多職種職員が入部し、先日には第1回演奏会を市内のライブハウスで行いました。ピアノやギター、トロンボーン、サックス…etcと、様々な楽器を持ち寄って好きなジャンルの演奏を楽しみ、大いに盛り上がったそうです。 表紙写真は、その第1回目演奏会に参加した部員の有志に集まってもらい、当院本館北タワー12階の瀬戸内海が見渡せる場所をバックに撮影しました。共通の趣味を通してすっかり仲良くなった部員たち。楽器を手に、リラックスした表情で撮影に臨む姿から言葉じゃなく音楽で絆が強く繋がっていることが伝わってきました。 撮影後、代表の荒木部長はこれからも定期的な演奏会や懇親会を予定しており、いつか来院者に向けて演奏する機会も設けたい、と語ってくれました。今後の音楽部の活動、ぜひ注目してください!