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SPECIAL INTERVIEW~新副院長 柴峠光成~

副院長、第一消化器科部長、消化器・肝臓内科部長、消化器センター長、内視鏡センター長
柴峠 光成(しばとうげみつしげ)

今春、新たに副院長に就任した柴峠医師。 20年以上にわたって消化器内科診療の最前線に立ち当院と地域の変化や進歩を見守ってきた立場から就任に当たっての意気込みを語ってもらいました。

消化器内科の進歩と変化を現場で感じた90年代

学生の頃は理系科目が好きで、生物への興味が医師の道につながりました。医学生時代は、当時まだ痴呆症と呼ばれていた認知症や、死亡率が上昇していたがんの研究に関心を持ち、卒業後は新設されたばかりの「老年内科」へ。さまざまな患者さんに対し、検査をして治療プランを立てて…とじっくり向き合う内科医は、幅広い学びが得られると思ったからです。分野的には消化器内科が中心で、内視鏡への興味も満たせそうでした。おっとりした性格でありながら、新しいことへの好奇心が旺盛な私には、ぴったりの分野だったと思います。

1990年から2年間の初期研修は、地元・淡路島の兵庫県立淡路病院で胃カメラの技術を学び、消化器内視鏡医としての一歩を踏み出しました。92年に修練医として京都第一赤十字病院へ移り、当時まだ大学でも珍しかった大腸カメラの第一人者である先生に厳しく導いていただいたのも、いい思い出です。

94年からの4年間は、神戸大学大学院で、がんのメカニズムに関する分子生物学的な基礎研究に打ち込みました。2年目に阪神・淡路大震災が発生し、研究も生活も大きな被害を受けたこと、被災地診療の現場を微力ながらお手伝いしたことをよく覚えています。

98年、開設間もない西神戸医療センターの消化器内科へ。内視鏡治療の拡大で診療範囲が広がり、抗がん剤治療も進歩して、従来の「内科で検査・外科で治療」という考え方や、がんの告知・緩和医療の在り方の大きな変化を体感しました。これほど忙しくなるとは思ってはいませんでしたが、消化器内科分野全体が活気づいた、ある意味とても面白い時期でした。

地域で担う責任も胸に…変わるものと変わらないこと

高松赤十字病院に着任したのは、2004年。それからずっと当院で消化器内科医として過ごし、22年の間に東日本大震災やコロナ禍など社会の大きな節目も経験しながら、当院の治療や設備の進歩を現場で目の当たりにしてきました。

検査や治療が精密になるほど、医師が扱う情報量は増えます。抗がん剤の種類も増え、緩和ケアは「打つ手がない患者さんに行うもの」ではなく、がんと診断された時から最後まで随時痛みなどをコントロールするために受けるものになっています。患者さんと医療者が話し合った上で、治療を受けながら生活する、生活を含めて長く病気と向き合う人生が当たり前になったのは、ここ10年ほどの新しい傾向ではないでしょうか。

その変化に伴って、医師のあるべき態度も変わりつつあります。しかし「人のために働かせてもらっている」という感謝の心と、患者さんへの寄り添いは、ずっと変わらず私が大切にしたいことです。これからも患者さんの立場や思いに寄り添い、患者さんの人生に私の学びや経験・スキルを活かすことができれば、嬉しく思います。

自ら先頭に立って引っ張っていくタイプではありませんが、副院長として経営視点を持ち、「全体を俯瞰した円滑な病院運営をサポートしたい」と意気込んでいます。特に力を入れていきたいのは、2024年から本格的に始まった医師の働き方改革と、若手医師の育成です。症例数の多い病院として近隣大学の医学生に人気が高いのはありがたいことですから、その評価を維持しつつ、若手医師に「ここで研修したい」と思ってもらえる環境の充実を図り、将来の地域医療をけん引できる人材を育てたい。

人々が暮らしやすい地域であるために、医療機関が果たす役割は非常に大きいと感じています。私自身も高松に長く根を下ろした身として、急性期医療を担う当院の役割・責任を自覚し、地域全体で患者さんが安心して治療を受けられる体制づくりに貢献してまいります。


趣味は「歌うこと」
大学時代は大学のOB合唱団に参加する機会もあり、今も歌うのが大好き。実は、当院音楽部で活躍するシンガーでもあるんです。


Q. 歌が好きになったきっかけは?
小学生の時に歌が上手だと褒めてもらった体験からだと思います。

Q. お気に入りの曲や十八番があれば教えてください
THE BOOMの「風になりたい」は、高松赤十字病院の音楽部のコンサートで好評です。

Q. 普段よく聴くジャンルは?
実は、さだまさしさんの曲をよく聴いています。


Q. 合唱部や音楽部、歌にまつわる印象的な思い出はありますか?
当院の内視鏡室のメンバーで「エンドスコピック・バンド」を結成したこと。エンドスコピーとは「内視鏡」を意味します。

Q. 先生の歌声を聴けるチャンスはありますか?
もしかすると、高松赤十字病院の音楽部として医療関係のイベントに出演することがあるかもしれませんね。

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表紙

なんがでっきょんな

vol.77

最新号

「高松日赤だより なんがでっきょんな」は、患者の皆さんに高松赤十字病院のことを知っていただくために、季刊発行する広報誌です。季節に合わせた特集や役立つ情報を掲載いたします。冊子版は、高松赤十字病院の本館1階の③番窓口前に設置していますので、ご自由にお持ち帰りください。左記画像をクリックすると、PDFでご覧になることもできます。

Take Free!

Columnvol.77の表紙のひと

新人看護師

令和8年4月に入職した39名です。病院のヘリポートにて撮影を行いました。当日は曇り空で、少し肌寒い中での撮影となりましたが、みなさん元気いっぱい。終始明るい雰囲気で臨んでくれました。これからそれぞれの現場で経験を重ね、成長していく姿が楽しみです。 撮影時のオフショットや研修で頑張る姿を病院の公式Instagramでも公開していますのでよかったらそちらもご覧ください。